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ライブレポとラジオレポとあと雑記
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先日行った谷村有美さんのコンサートに行った話から。
今回のコンサートのコンセプトがリクエストをもとに演奏をするというもので、
阿佐さんが聴いていた90年代初頭の曲なんかが散りばめられた
ものだったそうです。
聴いていた音楽は忘れることができず、いろいろとフラッシュバックしきて、
もし「昔聴いてたけど今どうしてるんだろう」と思うアーティストさんがいて、
その方がまだ音楽活動を続けているのなら、ライブに足を運んででみるのも
いいかもなととても思った一日だったそうです。

阿佐「充実した、また僕のね、次の何かを得れるような、そういうステップに
なれるような、そういう素敵なライブを見させていただきました。
どうもありがとうございました。」



8月13日永眠されたギタリストのレス・ポールさんの訃報の話題に。
2005年にニューヨークに一週間滞在したアンダーグラフ。
当時、レス・ポールがアメリカの何処かでライブをやっているという話を知っていた
阿佐さんは現地のスタッフさん?(詳しく話してないので謎)にこれを聞いたところ、
滞在最終日にニューヨークでライブをがあることが分かり、チケットを取ってもらって
見に行ったそうです。
阿佐さんはその一時間半を「これまでの人生のうちで一番瞬きをしなかった時間」と
振り返ります。レス・ポールを一つも逃さないぞと意識して齧りついてみたライブに
参加できて幸せだったなと。
そしてその時、かぶっていた白いキャップにサインを頂き、それをサインが
見えるように机に飾り、それを見ながらいつもアレンジやフレーズを作っているそう
ですが、訃報が流れた日がちょうどメンバーととおるさんでプリプロ作業を
する日で、一時期ツアーで持っていった以来初めてその帽子を持ち出し、
ずっとスタジオの中に置いて一日を過ごしたそう。

阿佐「ほんとにね、ブログにも書いたんですけど、ほんとに感謝してるんですよ。
なかなかないじゃないですか、あんまりね。こう、(直接)教えてもらったわけでも
ないですし。いろんなことをね。
でも、ほんとにその人が居なければこうやってみんなに語りかけることも
なかったでしょうし、レコーディング機材とかもね、レス・ポールはつくられて、
まあ発明家、でもあったわけですよ。調べればいろいろ出てくるので、そっちの方が
正しいことが書かれてるかもしれないですけど、本当に、音楽をやっていく中で
レス・ポールという名前は外せないんです。
会えたこともラッキーですし、音楽に触れることも出来たのもラッキーだし、
感謝しきれなくてですね、ちょっと、形として一緒にいてほしいなと思って
スタジオのほうにサインを持っていったわけです」


阿佐「ライブも、アンダーグラフやっているので・・まあレス・ポールのね
じいちゃんは94まで生涯現役を貫き通したので、勝ち負けじゃないですけど
・・・レス・ポールと刻まれた楽器も僕持ってますし、その、恥じないように・・うん、
みんなに好きになっていってもらいたいなと、音楽をね、ギターを。そういうことが
出来れば、いいなと。
でね、僕が向こうにいった時にちょっとでも頭を撫でられたら嬉しいなと、
そういう思いでですね、一つ何かを背負ったつもりというか、うん、
頑張れたらいいなと思います。
ライブとかでね、また持っていこうかなと思ってたりするんで、見た方は
ああ、ラジオで言っていたなあとか思っていただけると嬉しいです」



レス・ポールはCDを引っ張り出して今度かけるということで、
今日は阿佐さんの思い出の曲谷村有美さんの恋に落ちたをオンエア


阿佐「アンダーグラフ ギター・阿佐亮介でした。来週もこの時間にお会いしましょう」




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【2009/08/23 12:39】 | ラジオ
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